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覚え書き2 海を渡る

果てしなく遠いルーツはまず横に置いておこう。

まずは身近な祖先から。

触れられそうなルーツも、もうすでに多くは失われているし話が聞けそうな数少ない親戚たちももう高齢の域に入ろうとしている。

急がないと全ては闇の中に消えてしまうだろう。


祖父が自伝を書き残した、といってもそれだけが真実とは限らないと思っている。

物を作る側にいれば容易に想像がつくけれど、書かれていることが全てではないし、むしろ書かれていないことの方が重要だったりもする。その影に隠れているもの。


祖父は佐賀県の唐津に生まれ、曽祖父が営んでいた商売が立ち行かず一家で宮崎の延岡市に移る。20代前半、戦前に単身で満洲に渡り、祖母に出会い結婚。

祖母はまだ10代で北海道の釧路から一人で満洲へ渡っている。

私の叔母である父の姉と父は満洲で生まれた。

その後戦争のために祖母は一人幼い二人の子供を連れて、北海道から宮城に疎開していた一族の元に身を寄せることになる。


この辺りまでが叔母から聞いていた私の知る父方の家系のざっくりした流れだ。

祖父の母方にロシア系の血が混じっているということも含めてやけに移動が多い。

父は帰国後はずっと仙台にいるけれど、海洋学を研究していたのでしょっちゅうどこかへ行っていた。

私自身もイギリスに住んでみたり、一時期ほんの少しだけ北海道に部屋を借りて東京と行き来していたこともあって、引越しが多く20回はしている。





祖父が若かった当時は数多くの日本人が満洲へと渡っていった。

そして第二次世界大戦。

現代を生きていると自分たちと全く関係のない話のように聞こえるけれども、実は私たちの身近な人たちがあの大戦を経験していて、直接戦争の話を聞くことのできる最後の世代でもある。

子供が生まれて、私はそういった事を息子に残しておかなければいけないんじゃないかとも思い始めたのがルーツを探るきっかけの一つでもある。


漠然とした歴史ではなく個人の物語として。


こうして始まりを書いておかないと、たくさんの要素を巻き込んで収集がつかなくなってしましそうだし、winterのようにまた延々と撮影し続けてしまうかもしれない。

何よりも時は猛烈な速さで過ぎ去って毎日思ったことも出来事もきれいさっぱり忘れていく。そして世界では日々考えなくてはいけない問題が起こっている。





わたしはきちんと物語を紡げるだろか。









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